「日本が検見川から世界と繋がっていた時代があった・・・。」 検見川送信所
子供のころ、検見川と稲毛の間の台地にすごく高い鉄塔が何本も立っていたのを覚えています。千葉市内には高い建造物もない時代だったので、この鉄塔は天に届くほど高かったという記憶があります。この鉄塔群が検見川送信所の無線鉄塔でした。
検見川送信所は、旧逓信省の東京無線局検見川送信所として開局しました。
1930年には、ロンドン軍縮条約締結に際して、日米英の3国の首相が記念演説を行うことになり、日本からはライオン宰相と呼ばれた浜口雄幸首相(城山三郎の「男子の本懐」の主人公)の演説を検見川送信所からアメリカ、イギリス発信しました。また同時にアメリカのフーバー大統領、イギリスのマクドナルド首相の演説を受信して日本国内に配信しました。
これが日本初の国際放送となりました。まさに検見川から日本が世界と繋がったのですね。
また太平洋戦争中は主に南方戦線との通信拠点として活躍しました。戦後は電電公社の施設となりましたが、1979年にその役割を終えて廃止されました。

鉄塔はすでに撤去されましたが、検見川送信所の建物は現在でも残っています。この建物は東京中央郵便局を手掛けた吉田鉄郎氏の設計により1926年(大正15年)に完成しました。
※吉田鉄郎氏が手掛けた東京中央郵便局を、日本郵政は外壁等を部分保存して再開発する予定でしたが、2009年、当時の河野総務大臣が「トキを焼き鳥にして食べるようなもの」として、再開発の変更を求めたというエピソードがあります。
建物は主な角にアールが施され、コンクリート剥き出しの建物でありながら温かさを感じます。2007年にはDOCOMOMO JAPAN(近代建築の記録と保存を目的とする国際学術会議日本支部)より126番目の選定を受けました。
この建物は、区画整理事業により取り壊される予定でしたが、「検見川送信所を知る会」などの熱心な保存活動により、千葉市の平成22年度予算に調査費が計上され、保存に向けての第1歩が踏み出されたところです。
※詳しい情報はこちら(外部LINK):検見川送信所を知る会HP
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コメント
お近くということなので、ぜひ見に行ってください!!
投稿: mac262 | 2010年7月17日 (土) 08時28分
結構検見川の近くに住んでますけどこんな建物は見たことないですね。というか、検見川がこんなに世界とつながりがあるとは驚きです。
投稿: 太鼬 | 2010年7月14日 (水) 23時21分